アイドルが世界を救う話

だってだって、アイドルなんだもん。

推しってなあに

突如時間が出来たので、私が約8ヶ月くらい悩まされた「推し」についてちょっとつらつらしようと思う。

「この人を応援したい!」それが推しの始まりだと思った。自転車を全力で漕ぐ彼らに魅了されて舞台を観に行くようになった私だけど、この先もお芝居を見続けたい、とピンポイントで思ったのはその次に見たお芝居だった。泣くのを我慢しているお芝居に心を打たれて、こんなお芝居もするんだ、もしかしたら私が知っているこの人ってほんの一面でしかないんじゃない?そう思ったら居ても立っても居られなくて、帰りの電車で彼のブログをチェック。そうやって少しずつ、「推し」を自分なりに「追いかけ」始めた。

推し「だけ」を追う
ドルヲタだった私は前から推しが居ながらも「このペアが好き」とか「このグループならこの子」という推しが居なくても楽しめる人間だった。だから、若手俳優の沼に飛び込んで一番悩まされたのは「推しが居ない作品に足を運ぶこと」だったりする。推しとの共演で観たことのある役者さんや、DVDだけで観たことのある役者さんたちがずらっと並んだ作品の情報が出ると、どうしても気になって劇場に行きたくなる。…でも推しの舞台がこのあとあるしなーなんて言って諦めたこともちらほら。これはもうただの我儘でしかないんだけど、大抵こういうのっていつまでも引きずるんだよね。観に行けばよかったーって。んでそういうときに限って、推しが出た作品が突き刺さらない。なんだったんだろうあの法則。

推しになる理由
きっと人それぞれ違うと思うんですが、私は一番「好きな演技」があるところが大きいです。泣きの芝居はこの人が一番、みたいな。もちろん、顔が好きっていうのもありです。私にも一年中顔を眺めていたいなっていう役者さん居ます。別に演技が下手とかじゃなくね。ある意味、好きって想いが弱いのかなあ…お芝居は日々変化していて一年もすればお仕事量に見合う以上に変わっていく。それに「すごい」じゃなくて「なんか違う」って思ってしまったら、それまでなんです。
「もう少し、」そう思った矢先にあれそれあって、私はもう「推す」ことをやめた。

義務と無償の愛
月日は流れ、新しく応援していきたいと思える役者さんに出会いました。お芝居を観たのはもっと前。その人だけ名前を知らなくて誰かなーなんて思っていたのに、終演後はその人の話ばかりしていて。ほんとに、誰よりも台詞が動きが心に突き刺さって忘れられない。じゃあなんでそのとき、ってなるんですけど、まあ怖かった。半径10メートルくらい離れて観てれば、あんな風にならないでしょ。遠巻きに応援している分には平気平気。なんて思って、近寄りはしなかった。

「熱が上がるのは出会って3ヶ月まで。夢中なのは出会って1年まで。楽しいのは出会って2年まで。義務で行けるのは3年目まで。ここからは熱も冷めて飽きる。3年目から先が本当の応援。楽しさを求めず義務感もなく無償の愛だけで応援して行けるのは出会って3年」

いろんな噂が聞こえてきて自分の応援がすべて余計なこと。必要のないこと。そこまで思っていたから踏み出せなかった一歩。よっぽどカノバレしましたーのほうがマシだったじゃんとか思ったけど、まあもういいんです。整理ついたから。そんなときに見かけたこれが、なんかずしーんときて。無償の愛が三年も続く人って逆にすごいんじゃないかな…私は見てもらうことなく捨てられた花だけでずたぼろだったよ。

やっぱり推しごと楽しい
結局ここにたどり着きました。8ヶ月くらいは観劇頻度がグッと下がって、舞台以外にあっちこっち行ったんですけど、でもやっぱり舞台観に行くのが楽しくて。別に舞台あるから全部の予定を断る必要もないんじゃない?と思える余裕すら出てきて。まだまだこの生温かい沼に浸かっていよう。そんな感じで、私の再スタートが始まります。